デス・オーバチュア
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雷鳴の谷。 その最も奥深く、もっとも高き場所に『黄金でできた大きな木の枝』のような物が突き立っていた。 「雷魔槍ドナシュラーク……」 ドナシュラーク……それは古い魔界の言葉で雷鳴を意味する。 大昔、素手での戦闘を好む電光の覇王が己が拳以外で使用した唯一の武器。 「わたくしと共に……」 Dの右手が黄金の木枝を掴んだ瞬間、一際激しい轟雷が天より降った。 「くぅぅっ……!」 天から狂ったように激雷が落ち続け、その全てが黄金の木枝へと吸い寄せられる。 「この闇の姫君(わたくし)を拒み……牙を剥きますか……まったく、持ち主にそっくりですね……可愛くないところがぁぁっ!」 Dは全身に走る電流(激痛)を無視して、黄金の木枝を強引に引き抜き天高く翳した。 「闇(我)に従え、雷鳴(ドナシュラーク)ゥゥッ!」 喚くように雷を招き、暴れるように放電を繰り返す黄金の木枝を、Dは力ずく(気合い)でねじ伏せる。 「さあ、共に地上へ……あなたの御主人様の元に帰りますよ、ドナシュラーク」 Dは『放電する闇の球体』へと転じて、その場から掻き消えた。 「……嘘……相殺された……?」 僅かな拮抗の後、凍気と聖光は互いを喰い合うようにして完全に消滅する。 「…………」 サファリングは無言で巨大水平二連砲の連結を解除すると、元の巨大十字架の形に接合して、自らの前方に突き立てた。 「城への被害を考慮したとはいえ、地上の時の比ではなかったと言うのに……」 「双砲(ダブル)でなければ押し負けていた……誇っていいよ」 「くぅぅっ!」 全力は出していない、だが、分身の時の全力は遙かに凌駕する力を使ったのである。 にも関わらず、互角など誇れるわけが……認められるわけがなかった。 「ならばっ! 今度こそ全力を開放して葬り去ってくれるわっ!」 誇りを傷つけられた怒りを現すように、フィノーラの口調と纏う凍気が荒々しく変化する。 「悪いけど遠慮するよ。僕はそこまで自惚れてはいない……君が本気を出す前に終わりにさせてもらうっ!」 サファリングは巨大十字架を床から引き抜くと、そのまま真上へと放り投げた。 巨大十字架は天井をぶち抜いて、魔界の夜空の新たな星となる。 「何のつもりだ? 唯一の武器を捨てるなど……いまさら降伏など認め……」 「こういうつもりだ……」 サファリングが右手を高々と天へと翳した。 「天より降れ、聖なる槍(ホーリーランス)!」 直後、天井に穿かれた大穴から白く輝く稲妻が降り立つ。 「ぬううぅっ!?」 降臨した白雷の正体は、何の変哲もない無味乾燥な長い槍だった。 「……長い槍(ロンギヌス)? 救世主殺しの槍(メシアスレイヤー)……?」 「いいや、『神殺しの槍(ゴッドスレイヤー)』だ」 サファリングは目前に突き立つ『聖槍』を右手で引き抜く。 「『聖杯』と対をなす物……神の武器にして、同時に『神を討ち斃すための武器』でもある物……」 掲げられた聖槍が全身から白光を放出し、その光に包まれるようにして『形(かたち)』を変えていった。 「救世主殺しの槍などとは……『呪物(じゅぶつ)』として積み重ねた年月の『桁』が違う……」 「なああああっ……」 フィノーラは呆然とした表情で『それ』を見上げる。 それは『槍』と呼ぶにはあまりにも巨大で、重厚で、異質で、そして禍々し過ぎった。 「呪いの大槍(ランス・オブ・カース)……」 禍々しき槍(それ)を見つめていたフィノーラの口から、自然とそんな言葉(名)が漏れる。 大槍は異質、異形極まるがデザインだが基盤(ベース)は騎乗槍(ランス)のような形をしていた。 「神をも呪い殺す騎士の槍……といったところかしらね? 面白いっ!」 フィノーラの纏う凍気(闘気)が爆発的に膨れ上がる。 「やって御覧なさいっ! 神殺し(そんな玩具)でこの魔王(私)が倒せるものならねぇぇっ!」 興奮、歓喜、フィノーラの気分(力)は最高潮に達していた。 感情のままに、気分(テンション)の盛り上がり一つで、力(エナジー)の出力がどこまでも高まっていく。 魔王とはそんなふざけた存在なのだ。 「では、試させてもらうよ……十字刑(クロスホールド)!」 サファリングが左手をフィノーラに向けて翳す。 「う゛!?」 フィノーラは背中に寒気を感じた瞬間には、巨大十字架に磔(張り付け)にされていた。 「これはさっき投げ捨てたはずの……ぐううっ! があああっ!」 力ずくで両手の拘束を断ち切ろうとする、フィノーラ。 「ぐうううううっ! あああああああああああああああっ!?」 どれだけもがいても、首、両手、両足の拘束はビクともしなかった。 「……嘘よ? 何よこれぇ……何なのよおおおおおおおおっ!?」 「嘆きの十字架・零式改……いや、敢えて『受難(じゅなん)の十字架』とでも名乗ろうか?」 「……うぅぅ、受難? 嘆き? 十字架……はっ!」 唐突に閃く……いや、思い出す。 嘆きの十字架という名には覚えがある……いや、あの巨大十字架自体過去に見たことがあったのだ。 「電光の覇王を封印した究極の魔導器……光皇(ルー)と魔皇妃と魔導王の合作……」 「……の試作型(プロトタイプ)にして改良型(カスタム)だ」 サファリングはそう付け加える。 「プロト? カスタム?」 「実験器として創られ破棄されていた零に……最近……つまり壊れるまでの嘆きの十字架の全データをフィードバックせて完成させた……最古にして最新の超魔導器だよ」 ゆえに嘆きの十字架より高性能(スペック)で、嘆きの十字架には無い機能(システム)まで有しているのだ。 「くっ……凍気がまったく出せない……!?」 「無駄だよ、受難の十字架は君の凍気を全て吸収し聖気へと変換して貯蓄する……」 あれほど爆発的に溢れ出ていた凍気が、十字架に磔られてからは一滴たりとも体から漏れ出ることがない。 「安心していいよ。大人しくしていれば、そんな急激に吸収はしない」 「くううう……」 確かに暴れれば暴れるほど、体から『力』が抜けていく勢いが増すかのようだった。 このまま数千~数万年かけて『力』を吸われ続け、ランチェスタのように幼女に(肉体を保てなく)なる? 「そんなの……冗談じゃないわっ!」 「それも安心していい、試すと言ったはずだよ」 巨大槍を持った右手を頭上で引き絞り、サファリングは投擲の構えをとった。 「神の血で呪われし聖なる槍よ……」 サファリングの全身から立ち登った青白い闘気が、巨大槍へと吸い上げられていく。 「十字に呪われし者に死の祝福を与えたまえっ! 破滅の一撃!!!!」 神罰の槍が、十字架に掛けられし罪人へと投げ放たれた。 「天重列壁(てんじゅうれっぺき)!」 床から巨大な剣刃が段々と突き出され、神罰の槍の進行ルート(縦一列)を埋め尽くした。 「……槍よ、構わず刺し貫けっ!」 神罰の槍は、『巨大剣刃の多重壁』を次々に打ち砕いて、その向こう側に存在するはずの標的(フィノーラ)へと迫る。 『我が絶壁を薄紙のように貫くとは大したものだ……』 最後の巨大障壁(巨大剣刃)が砕け散り現れたのは、フィノーラではなく『黒く輝く甲冑(全身鎧)』だった。 『魔極黒絶剣(まごくこくぜつけん)!』 黒き甲冑は『異常に巨大な漆黒の剣』を横に一閃し、神罰の槍を『強打(クリーンヒット)』する。 打ち返された神罰の槍は、壁をぶち抜いて魔界の彼方へとかっ飛んでいった。 「……ふむ、逃げたか」 黒き甲冑と剣が薄れるように消え去り、代わりに黒一色の制服の美人が現出する。 「……一応礼を言っておくわ、剣の魔王(ゼノン)……」 巨大十字架から開放された雪の魔王はばつの悪そうな表情をしていた。 「んっ? 別に魔王としての面目丸潰れだとか恥じることはない」 「あ、あんたねえ……」 ゼノンの発言と態度は気遣いと言うにはあまりにも素っ気ない。 捉え方によっては嫌味に思えなくもないが、彼女の場合、本気で特に何も感じていないだけなのだろう……良くも悪くも……。 悪意(見くだし)も無ければ、善意(優しさ)も無い……そういう魔王(奴)だ。 「よく考えられた戦法だ……初見の一度だけなら、魔王すら討ち取れるかもしれない……」 「悪かったわね……見事に討ち取られかけて……」 これはフィノーラ(私)への慰め(フォロー)じゃない、敵(あの青年)への賞賛だ……。 「拘束の十字架に呪殺の聖槍か……どちらも『覚え』がある……が……」 「が? 『が』何よ?」 「いや、オレが知っている方が『偽物っぽい』なと思っただけだ」 そう言って、ゼノンは愉しげに微笑う。 「十字架の方は同じ物でしょう? 試作だとか改良だとか言ってた気もするけど……」 「ふむ、原型……アーキタイプといったところか?」 「Archetyp? 古い魔界語ね……あんたが魔界語自体使うの珍しいけど……」 この魔王は技の名前などもそうだが、主に地上の東方の文字や言葉を好む。 魔界語どころか地上で最も普及している西方語すら滅多に使うことはなかった。 「特に聖槍の方は原型も元型……古態型というべき程に別物だな」 原初の形、元になった形、もっとも古き形態……。 「まあ確かに、アレに比べたら月煌妃の聖槍なんて玩具ね……」 月煌妃最上の武器コレクション『十三暦月(じゅうさんれきげつ)』の一つ『救世主殺しの槍(ロンギヌス)』。 一般的に、聖槍魔槍の類の中では最上最強とされる伝説の槍だ。 これを上回る槍など『光輝槍ブリューナク』ぐらいのものである。 「どっかの鴉の格付けで言うならSS級……いいえ、SSS級……ルーの創った最強の光槍『九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)』にさえ匹敵するかもしれない……」 マハの最強の手札『世界を灼き尽くした業火の剣(レーヴァテイン)』すらSS級であり、SSS級とは今だ封札として存在せぬ最上(最強)の頂点のことだ。 「……もっとも、槍も使い手もまだまだ不安定だがな……」 「不安定?」 「不完全とも言えるな。特に使い手の方はまだまだ『強さ』が定まっていない」 「確かにね……それ故に得体が知れないのだけど……」 強さの領域(レベル)どころか属性(性質)さえも不確か、 使う力は明らかに聖なるものでありながら、本質、根源には魔の気配を感じる青年だった。 「とりあえずオレは城に帰る。オレの城も荒らされたからな……いろいろと忙しい……」 「あんたの所も?」 「先にオレの城から攻略したのだろう。地上から戻ってみれば、留守を任せた部下が皆殺しされていた……」 「それはまた……運が良かったのは、あの坊やとあんた、どっちかしらね?」 「……一番運が悪かったのは間違いなくお前だ」 「ぐぅっ!」 フィノーラは上手く嫌味を言ったつもりが、逆に痛いところを突かれる。 もしも、あの青年とゼノンがかち合っていれば、勝敗がどうなろうと自分が被害を被ることはなかったに違いない。 万が一、いや、億が一、あの青年がゼノンを倒そうと、自分と連戦できる程の余力が残るわけがないからだ。 「では、オレは行く……ああ、そうだ。一応この事、ルーファスに知らせてやれ」 ゼノンは一方的にそう言い放つと、フィノーラの返事も待たずに歩き出す。 「あ、ちょっと待……」 「早く体を『慣らす』ことだ……少し弱すぎるぞ、フィノーラ」 フィノーラの制止の声など無視して、ゼノンは神罰の槍が穿った大穴から飛び降りていった。 雷鳴の谷の入り口に、雷を纏った闇の球体が出現する。 『…………』 闇の球体が弾け飛ぶと、フリルやドレープが多用された黒一色の洋服、一般的にゴスロリと呼ばれる格好の少女が姿を現した。 「まだ暴れますか……これでは転移時の隠密性が保てませんわね」 Dはいまだ微かな電流(パルス)を放ち続ける黄金の木枝を見つめて、嘆息を吐く。 「まあ元々、闇(わたくし)と雷(これ)は相性最悪というか……己を傷つける数少ない例外(力)を常に持ち続けるというのもまた破滅的で何とも……」 基本的に物理攻撃を受け付けないD(闇の塊)にとって、唯一とも言うべき弱点が『光』だ。 光輝ほどではないが、雷(雷光)もまた光であり、彼女を害なす存在(力)である。 「さて、残る問題はスターメイカーですわね……まさか、星界に居ないとは……弱りましたわ……」 魔界に来る前に、すでに星界に寄ってきたのだが、目当ての人物は『留守』だった。 「スターメイカーなら地上に居るよ」 「えっ?」 黒布で包まれた巨大な十字架のような物を担いだフードの人物が雪原を歩いてくる。 雷鳴の谷に踏み入ろうとした際に、すれ違った相手だった。 「丁度、僕も彼に呼ばれているし……他にも地上に用ができた……」 「…………」 「良ければ、僕を地上まで運んでくれないか? お礼に彼の居場所まで案内するよ」 「確かに、こちらとしては願ったり叶ったりの条件ではありますが……」 Dは値踏みするようにフードの人物を凝視する。 「何か?」 「あなたの得体が知れな過ぎる……素性を全て明かせとまでは申しませんが、せめて顔を見せるか、名を名乗るかぐらいして頂けませんか?」 「これは失礼……僕の名はサファリング・パッショーネ……よろしく、闇の姫君(ダークハイネス)」 サファリングはあっさりとフードを脱ぐと、友好的な微笑みを浮かべて握手を求めた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |